過日、翁と宇宙の中心に行ってきました。
(※関連ネタについてなんだかんだ書いていたら、めっちゃ長文になったので、分割してお送りします。)
その日は、翁の定期健康診断の日だったのですが、無事に診察も終わって帰る時、帰る方向にある、久しく行っていなかったラーメン屋に行きたいなと思ったのですが、翁もいるので持ち帰りにすることにして電話をしてみたところ、昼真っ只中ということもあり、40分ほど後に来てほしいとのこと。
諦めようかとも思ったのですが、もう口はすっかりそこのラーメンになっていたので、どこかで時間を潰してから行くことにしました。
で、どこに行こうかと考えていたところ、はっと気づきました。ラーメン屋の近くに、「三柱鳥居」(みはしらとりい)のある神社があったということに・・・。
三柱鳥居、以前このブログのコメント欄でおなじみの熊猫師と、比叡山登山をした時に行った千種忠顕卿戦死之地碑について語っていた時、ヤバげなスポットの話しになり、その際に師が、「三柱鳥居の写真には、尋常じゃないヤバさを感じる」と言っていたので興味が湧いて調べてみたところ、京都のある神社にそれがあると知り、それ以来一度行ってみたいなと思っていたのです。
上記ウィキペディアの説明にある通り、蚕の社という別名もある、木島坐天照御魂神社。(このしまにますあまてるみたまじんじゃ。通称 木嶋神社)
創建1000年以上という歴史を持ち、この神社がある太秦を開拓されたと言われている百済からの渡来人「秦氏」ゆかりの神社と言われており、祈雨の神として信仰された神社であるようです。なお、秦氏は稲荷神社を創祀したと伝えられ、また、現在全国にたくさんある八幡神社も、秦氏の神を祀る神社だと言われています。
この神社の本殿横に、三柱鳥居があります。この鳥居は元糺の森(※)という森の中の神泉である「元糺の池」の中にあるのですが、現在ではその池は、周辺の宅地開発などの影響があったようで、枯れています。(おいおい!神力は??また、愚挙を行う人間への神罰は??)(※現代では「糺(ただす)の森」は下鴨神社にあり、元々の糺の森だったこちらは、「元糺の森」と呼ばれているようです。)
この鳥居の中央は神座とされており、現在では、円錐形に小石を積み、中心に御幣を立てて依代としていますが、この神座、宇宙の中心を表しているそうです。四方から神座を拝むことができるように三柱鳥居になっているようですが、現在は、十数メートル離れたぐるりに柵がめぐらされ立入禁止となっており、それによってより神域・結界などを強く印象付けられる形になっています。
古には池の中に建てられていた鳥居がゆえに近づけないということがあったがため、現状の柵も同じような状況を作り出すためとも言えるかと思います。まあ、なにもなければ、立ち入ろうとするものも少なくはなかろうかとも思いますので。基本神域には何人たりとも立ちいってはいけないというのは基本ですし、なにせ有名な神社にある、知る人は良く知る異形の建造物なので、神域を守るために立入禁止にするというのは理解できます。
古の本来の姿であったであろう、森の中に湧く泉に立つ正三角形をなす異形の鳥居は、さぞ神秘的だったことでしょう。
さて、そんな三柱鳥居。良く調べてみると、「やばい」という感じではあまりなく、純粋に神域であり、おどろおどろしい感じも霊的エピソードなどもないようなのですが、いかんせん鳥居が異形であるがゆえに、謎のオカルト建造物的な感じがしてしまうというのは否めません。
また、三柱の由来についても調べてみましたが、古来水関連の神事には3という数字が重要な役割をしていたからとか、柱の延長線が秦氏の聖地の方角(稲荷神社・松尾大社・秦氏の古墳)を指しているとか、また、この神社が太陽神アマテルを祀っているがゆえに、冬至夏至の朝日・夕日の方向(比叡山や愛宕山、稲荷山や松尾山)を示しているとか、いろいろな説がありました。しかし、そんな由来についても、古代の文献などは全くなく、確証が得られず謎が多い感じもまた、オカルトを感じさせるゆえんかと思われます。
実際に、自分も三柱鳥居を見てみたわけですが、今までの鳥居の概念を完全にぶっ壊されることや、その異形、近づきがたい感じなどもあいまって、強烈な謎スポット感をひしひしと感じました。
ということで、家に帰ってから色々とネットを探って調べてみると、上記も含めて出るわ出るわ。様々な説が語られていて、いずれも興味深いので、次回も更に三柱鳥居の謎等について、ご紹介していこうと思います。三柱鳥居や神社の写真についても、次回ご紹介いたします。
つづく
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